うにぶろっさむ
登れない登れない。 登れないのなら浮かべばいいじゃない! ふろーとふろーと
2011
June 07
June 07
あってない人もいるし、たぶん多くの幻想をふくんでるけど、遊戯王に対するスタンスを考えるのにはいい時期かなと…。
まず私の中のファンデッカーの定義は、一つのデッキを愛してる人のこと、です。
これは私にエタバトの楽しさ、チームの素晴らしさを教えてくれた人が元になっています。
その人は六武使いだったのですが、正直なところ、今考えてみればひどく下手なプレイヤーさんだったと思います。
しかし、その人の情熱はものすごいものでした。
強い要素が見つかるたびに、それを六武に組みこむのです。
その当時はクロンデ全盛期だったのですが、六武にアンデを混ぜたり、猫を混ぜたりといろいろなことをしていました。
正直なところ、強い要素だから混ぜるというのは、あまり好きなスタンスじゃないのですが、その人の場合はなんか好きでした。
というのも、その目的が六武を如何に強くしようか、如何に六武を生かすかという方向にしか向いてなかったからです。
一部には、強い要素やいわゆるガチデッキの要素を嫌う人がいますが、それを私が嫌悪するのは、その人のように如何に強く、楽しく、デッキを作り上げるための努力を怠っているから…なんだと思います。好きならば、どんな手段を使っても面白く、素敵で、魅力的するのが素敵だと思うからです。その結果、強い要素を排除する…というのは正しいですが…。
そんな感じでその人はとても一図な人でした。
…正直なところ、私にはそれができません。だって、他の要素に魅せられたら本来の目的を失ってしまいます。他の素晴らしい事を見ながら、ある意味それに劣っているモノを愛するって…すごいことだと思います。
私も一時期それを目指していましたが、自分の好きなデッキにある一線を引いてることがよくあると自覚してから、あきらめました。
「これには勝てない」「ああ、まただめだ…」こう思って、そのデッキに見切りをつけてしまいます。
そういう諦観とか思い付かない、また考えてもそれを吹き飛ばすほどの愛、そしてそれを魅力的にするならいかなる手段を問わない人、それが私の中のファンデッカーです。
次にネタデッカーですが…、ものすごい人…なんでしょうね。
すべてのデッキは等価であり、そしてそれをすべて愛している人…みたいな。
「~? あれは勝てるファンデッキでしょ」
という言葉をあるネタチームの人が言ってましたが、それを限りなく広くしたもの…なのです。
勝てる勝てないとかそういうものじゃなくて、そのデッキだから面白い、すべてを一つ一つのデッキとして考えている…。
これの恐ろしいことは、愛している以上、何かをけなした相手すら愛さなくちゃいけない…みたいなところです。
カードを愛している以上、すべてのカードに投影しながらも、それを他のカードの対比で比べちゃいけない…。絶対的評価によって、あらゆるカードに存在価値を見出す…。
キリストかそんな感じですね。
好きとか嫌いとか、強いとか弱いとか、面白いとか面白くないとか…そういう感情を超越でもしないと、そんなことできないと思うのですよ…。
だからネタデッカーは私の中では偶像で、虚実であると思っています。
最後にガチデッカーですが、私の中では合理的な人だと思っています。
目的を果たすために、ある主の冷酷さ、弱いなら弱いと切り捨てられる強さ…みたいなものを持っているとでも表せばいいのでしょうか?
その冷酷さは正直好きになれないのですが、そのスタンスはすごくかっこいいです。客観による構築、自分の信念を通すための努力は惜しまない。そんなタイプでしょうか…。
ゲームの中で勝ちを目指すのはある主基本的なことで、それを目指すために手段を吟味する…、そのために不純なことであれば即切り捨て、自分が否定した案でも合理性が生じれば、それを使うことに躊躇はない…。
合理化というのはすごく絞られた、機能美というものがあると思います。それを追求するガチデッカーもまた美しい…。
これらすべてに共通することは、真剣さでしょうか? 合理的であっても、そこに真剣さがなければ、ただのカードゲーマーですし、何かを愛していても、うわべの愛だけでははたから見れば醜いです。
で、私はそのどれかにでもなれるのか…という疑問が付き纏います。
好きなデッキはある、けれどももっと好きなデッキもよく見つかる。不純だと思ってもそれを切りすてる覚悟はない。他の人に作られたデッキに嫉妬して使わない。言ってしまえば中途半端なのです。
その中で今あるのはラヴァルです。
このデッキは私に諦観を与えない、また解決すべき問題を与えてくれる、他のデッキにはまねできないユニークさがあり、とても面白い…。
私にとってラヴァルはパラダイムであり、カードゲーマーとしての価値を与えてくれるデッキ…なのですよね。で、なにがいいたいのかというと…よくわかりませんが……、素敵な相方に会えたのかな…って。
もやもやのもとになる話と、それを吹き飛ばしたデッキとの、のろけ話! これがこの長い文章の真相ですw
まず私の中のファンデッカーの定義は、一つのデッキを愛してる人のこと、です。
これは私にエタバトの楽しさ、チームの素晴らしさを教えてくれた人が元になっています。
その人は六武使いだったのですが、正直なところ、今考えてみればひどく下手なプレイヤーさんだったと思います。
しかし、その人の情熱はものすごいものでした。
強い要素が見つかるたびに、それを六武に組みこむのです。
その当時はクロンデ全盛期だったのですが、六武にアンデを混ぜたり、猫を混ぜたりといろいろなことをしていました。
正直なところ、強い要素だから混ぜるというのは、あまり好きなスタンスじゃないのですが、その人の場合はなんか好きでした。
というのも、その目的が六武を如何に強くしようか、如何に六武を生かすかという方向にしか向いてなかったからです。
一部には、強い要素やいわゆるガチデッキの要素を嫌う人がいますが、それを私が嫌悪するのは、その人のように如何に強く、楽しく、デッキを作り上げるための努力を怠っているから…なんだと思います。好きならば、どんな手段を使っても面白く、素敵で、魅力的するのが素敵だと思うからです。その結果、強い要素を排除する…というのは正しいですが…。
そんな感じでその人はとても一図な人でした。
…正直なところ、私にはそれができません。だって、他の要素に魅せられたら本来の目的を失ってしまいます。他の素晴らしい事を見ながら、ある意味それに劣っているモノを愛するって…すごいことだと思います。
私も一時期それを目指していましたが、自分の好きなデッキにある一線を引いてることがよくあると自覚してから、あきらめました。
「これには勝てない」「ああ、まただめだ…」こう思って、そのデッキに見切りをつけてしまいます。
そういう諦観とか思い付かない、また考えてもそれを吹き飛ばすほどの愛、そしてそれを魅力的にするならいかなる手段を問わない人、それが私の中のファンデッカーです。
次にネタデッカーですが…、ものすごい人…なんでしょうね。
すべてのデッキは等価であり、そしてそれをすべて愛している人…みたいな。
「~? あれは勝てるファンデッキでしょ」
という言葉をあるネタチームの人が言ってましたが、それを限りなく広くしたもの…なのです。
勝てる勝てないとかそういうものじゃなくて、そのデッキだから面白い、すべてを一つ一つのデッキとして考えている…。
これの恐ろしいことは、愛している以上、何かをけなした相手すら愛さなくちゃいけない…みたいなところです。
カードを愛している以上、すべてのカードに投影しながらも、それを他のカードの対比で比べちゃいけない…。絶対的評価によって、あらゆるカードに存在価値を見出す…。
キリストかそんな感じですね。
好きとか嫌いとか、強いとか弱いとか、面白いとか面白くないとか…そういう感情を超越でもしないと、そんなことできないと思うのですよ…。
だからネタデッカーは私の中では偶像で、虚実であると思っています。
最後にガチデッカーですが、私の中では合理的な人だと思っています。
目的を果たすために、ある主の冷酷さ、弱いなら弱いと切り捨てられる強さ…みたいなものを持っているとでも表せばいいのでしょうか?
その冷酷さは正直好きになれないのですが、そのスタンスはすごくかっこいいです。客観による構築、自分の信念を通すための努力は惜しまない。そんなタイプでしょうか…。
ゲームの中で勝ちを目指すのはある主基本的なことで、それを目指すために手段を吟味する…、そのために不純なことであれば即切り捨て、自分が否定した案でも合理性が生じれば、それを使うことに躊躇はない…。
合理化というのはすごく絞られた、機能美というものがあると思います。それを追求するガチデッカーもまた美しい…。
これらすべてに共通することは、真剣さでしょうか? 合理的であっても、そこに真剣さがなければ、ただのカードゲーマーですし、何かを愛していても、うわべの愛だけでははたから見れば醜いです。
で、私はそのどれかにでもなれるのか…という疑問が付き纏います。
好きなデッキはある、けれどももっと好きなデッキもよく見つかる。不純だと思ってもそれを切りすてる覚悟はない。他の人に作られたデッキに嫉妬して使わない。言ってしまえば中途半端なのです。
その中で今あるのはラヴァルです。
このデッキは私に諦観を与えない、また解決すべき問題を与えてくれる、他のデッキにはまねできないユニークさがあり、とても面白い…。
私にとってラヴァルはパラダイムであり、カードゲーマーとしての価値を与えてくれるデッキ…なのですよね。で、なにがいいたいのかというと…よくわかりませんが……、素敵な相方に会えたのかな…って。
もやもやのもとになる話と、それを吹き飛ばしたデッキとの、のろけ話! これがこの長い文章の真相ですw
PR